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連載・開局45周年(1 開局編)

気づいてみると、開局してから45年が経過していた。

勿論、実際にアクティブに無線をしていた期間はそんな長くはないし、なんとか細々にというところが実際で

あろうが、いずれにしても月日が経つのは早いものである。


小学生の頃、学研?のトランシーバーで近所の友人と、相手の姿が見える距離で交信したのが最初の無線通信

かと記憶しているが、家にもって帰ると交信はできなかった。


中学生時代は、SONY100mWのCBで同級生宅とも交信、短波ラジオでのBCL7MHzSSBのモガモガ音も

聴いた。

JARLSWLナンバーも取得して、50MHzなどをよく聴いていたが、

その当時のローカルさんのコールサインが今もお空で聞こえるのは喜ばしい限りである。


また、同級生と二人で市内のOMさんのシャックを訪ねたりもしていた。今ではありえないが、街でアンテナ

を見つけると突撃訪問をした。

でも、当時の皆さんは快く迎えてくださり、あるOMさんは社宅屋上に上げた3エレトライバンダーを回し

て、海外との交信を実演してくれた。うーん、すげぇ!とその時の感激は忘れない。


そして、高校入試も終えた中学生最後の春休み、広島で電話級を受験した。

当時は免許証までに二月、そして局免許発行まで二月程度かかっていた。

高校1年の夏休み、友人と自転車による九州一周を計画した。

トリオのTR-2200G(下右)は親に買ってもらったが、

旅行資金はデパートのお中元配達を自転車でやって調達、準備万端であった。

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しかし、肝心の免許は出発の日までにはおりず、6エリアでの自転車モービルからのQRVはあえなく夢と

消えた~!

ちなみに、免許状は山口に帰って来て数日後のお盆に届いた。

(そういえば包括免許制度、進展しないですね~。)


高校時代は市内の高校生同士が夜な夜な2mでローカルラグチュー。

参加局は10局を下らず、入れ代わり立ち代わりラウンドQSOを楽しんでいた。

そんな賑やかな時代も夢と消え、兵どもが夢の跡である。

いまも現役で活躍している局はあまり思いあたらず、現在のアマチュア無線界を象徴しているようだ。

そんな学生時代は市内の先輩各局さんによくしてもらった。

高くて買えないHF無線機を貸してくれた警察のOMさん(時効ですので)、同軸ケーブルをくれた高校教

諭のOMさん、アンテナのほか色んなことを教えてくれたたくさんのOMさんなど、素晴らしい山口ローカ

ルさんに恵まれて心地よくハムライフを満喫していた。


高校は物理部だったが、部室のTS-520には誰も目もくれず、大したアンテナもなかったので、

学校帰りに湯田温泉の市児童文化センターに寄って、今はなき無線室でEスポQSOなどを楽しんでいた。


しかし、大学生になってからは3エリアの学生アパート住まい、窓の外には隣りの棟の窓があってアンテナ

設置もできず無線はQRTとなった。

次回へつづく~。


by musenbiyori-0 | 2018-12-21 23:39 | シャック | Comments(2)
Commented by お山で無線中 at 2018-12-26 17:57 x
開局45周年おめでとうございます。
Commented by musenbiyori-0 at 2018-12-27 22:40
お山で無線中さん、ありがとうございます。
これからも、ブログで、お空で、お付き合いよろしくお願いします。
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